耳よりコ-ナ-生活編

オーガニック農家体験記 

熊澤 真理菜

農業の知識もドイツ語もゼロの私ですが、2019年6月から8月の二か月間、ドイツ人夫妻の経営する農家に住み込みのボランティアとして滞在しました。そこでの体験について書かせていただきます。

農家に行くことになったきっかけは「ドイツの自然豊かな田舎に住んで、ローカルの人々の生活を体験してみたい。」という単純な思いつきでした。

フライエンハーゲン(Freienhagen)は、カッセル(Kassel)から車で約40分のところにあります。伝統的な木組みの家が立ち並び、電車もバスも通っていない長閑(のどか)な村でした。農家に到着し、車を降りた私は息をのみました。目の前には、畑と牧草地の緑、突き抜ける青空がどこまでも広がり、聴こえるのは羊の鳴き声と木々がそよぐ音だけ。まるで絵本の中の世界に降り立ったようでした。

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私がお世話になったのは、農薬や化学肥料を一切使わずに野菜や穀物、馬、羊、鶏などを育てている、家族経営の小さな農家です。家族は私と話すときには英語を使い、ドイツ語だけを話す5歳と2歳の子どもたちは、私にたくさんの言葉を教えてくれました。私が最初に覚えたドイツ語はHimmel(空)、Wolke(雲)、 Pferd(馬)でした。

次の日から仕事が始まりました。私の仕事は農家の仕事の手伝いと子守りです。農家に来て初めての朝、ひんやりとした空気の中、輝く朝日を浴び、どこか遠くから聞こえる牛の鳴き声を聞きながら庭を歩くだけで、幸せな気分になりました。澄んだ空気を胸いっぱいに吸うと、自分も自然の一部になったような気がしました。

私は、毎朝の鶏小屋掃除と餌やりを任されました。朝一番に小屋の扉を開けると、鶏たちが勢いよく草地に向かって走っていきます。その隙に、まだ温かい卵を集めて籠に入れ、小屋を掃除します。最初は鶏も私も互いに警戒していましたが、日を追うごとに慣れていきました。鶏も馬も羊も、人の気持ちを敏感に感じとるのだと教わりました。

日中は、主に畑仕事を手伝いました。完全無農薬、有機栽培なので農薬は使いません。野菜の防虫のために畑にハーブティーを散布し、大きなネットをかけました。じゃがいもにつくポテトバグはくせ者で、一匹一匹捕まえなければなりませんでした。それを食べる益虫のてんとう虫はそっとしておきます。農薬のせいでドイツ全土の虫の数が昔と比べて隋分減っているという話を聞き、自然に優しい栽培の大切さを実感しました。

おいしい野菜を育てるためには草むしりも欠かせません。野菜の苗の周りに生えた雑草は、手で根気よく抜きます。雑草の中にカモミールが生えていた時には、それをカモミールティーにして、休憩時間に皆で飲みました。採れたてのカモミールは、フレッシュで甘い香りがして、ほっこりします。青空の下、自家製ルバーブのケーキや焼き菓子の差し入れと共にお茶の時間を楽しんでいると、つい話しこんでしまいます。雑談のテーマはたいてい「最近気になる社会問題について」でした。ボランティアは私のほかに、農業を学ぶ学生や、農業が好きな人、家族連れなど、年齢も国籍も滞在期間も様々で、いろいろな価値観に触れることができたのが新鮮でした。

普段は長靴を履いて畑仕事をしていましたが、夏の暑い日には長靴を脱いで裸足で畑に立ちました。足の裏で感じた、土のひんやりと柔らかく、ふかふかした感触は今でも忘れられません。子守りタイムには、子どもたちと一緒に土を触ったり、虫を見つけたり、花を摘んだりして遊びました。自然の中では、遊びが尽きることがありません。

自家製はちみつ採集も手伝いました。養蜂箱の蜂の巣は、紙を燻した煙で蜂が酔っている隙に手早く回収します。絞った蜂蜜の混じり気のない自然な甘さと香りに驚きました。そのまま食べても、パンに塗っても、とにかく美味しいのです。蜂の巣のワックス部分は加工してキャンドルにしました。

羊の毛刈りも体験しました。羊が動かないように押さえ、大きなバリカンで豪快に毛を刈っていきます。若い羊は怖がって動こうとしますが、ベテランの羊はじっと毛刈りが終わるのを待っていました。刈りたてのふわふわの毛の山に、子どもたちは大喜びで寝転んでいました。洗った羊毛は、糸を紡いで毛糸にしたり、染めてフェルトにしたりします。私は羊毛フェルトで子どもたちと一緒に人形を作りました。羊は普段、草地や近所の家の草むしり要員として放牧されていましたが、時々柵を越えて逃げ出すので、その都度捕まえに行かなければなりませんでした。手がかかる羊ほど可愛いものです。

牧草の刈り入れも手伝いました。機械で刈った牧草は四角い形にまとめられて「ポーン!」と機械の後部から勢いよく飛び出します。その大きな牧草の塊を大きなフォーク型の道具を使いトラックの荷台に積んで納屋まで運びます。汗だくになってひたすら運びました。肉体労働をした日の夜は夢も見ず、ぐっすり眠ることができました。ついでに体も引き締まりました。

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仕事のほかに、夏の夜にはバーベキューをし、囲んだ火が消えるまでみんなで話をしました。家の明かりをすべて消すと辺りは暗闇に包まれ、見えるのは頭上に広がる満天の星空だけ、流れ星も見えました。休日や空き時間には乗馬をし、近くの湖で泳ぎ、村に一軒だけあるカフェで生演奏を聴き、森でピクニックをしました。

自給自足、自然と共に生活することで、自然の大切さ、命の尊さ、人とのつながりを実感した二か月間でした。ドイツに来たばかりの私を、まるで本当の家族のように温かく迎え入れてくださったUnser-Hofのファミリーに心から感謝しています。
 
まだまだ書ききれないことが山ほどありますが、今回はこの辺で。最後までお読みいただき、ありがとうございました。