もっと知りたい、伝えたい。

第1回オンラインZOOM講演会
「日本文化の季節観と「喪失」の明るさについて
―桜の俳句やアニメ等とともに考える―」開催レポート

文化部ボランティア

S7 links

講師に愛媛大学准教授 青木亮人先生をお迎えし、3月14日(日)に文化部として初めてのオンラインZOOM講演会を実施しました。当日は30名以上の方にご参加いただき、質疑応答も活発に行われました。講演会の内容を一部、紙面にてご紹介いたします。

--------------------------------------------------------------------------

1.四季の巡り
「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」紀友則
のんびりとした春の日にどうしてそのように落ち着かなげに花は散ってしまうのだろう…。

和歌は感情の記録であり、日常のささやかな実感を歌に詠むものである。
日本文学の特徴として、「今を、身の回りを慈しむ」「過ぎ行く今をささやかに言い留める」ということが挙げられる。

気づけば過ぎていく、取るに足らないことを大切にしてそれを歌に詠む、これは日本独自の文化で、西洋の「詩歌の内容は建設的、効果的でなければならない」という考えと相対するものである。

2.古典の「無常」
「夏草やつはものどもが夢のあと」松尾芭蕉
源義経が奥州の地で討ち滅ぼされてから500年あまりの歳月が過ぎ、義経も頼朝もこの世にはおらず、かつて彼らが戦った地には夏草のみが茂っている。
物事が移ろいゆき、現れてはまた消える。このような情景は「無常」という言葉で表現される。

3.四季と暮らし
季節と暮らしは切っても切れないもので、何があっても巡ってくる。
線香花火と聞けば夏を、蜻蛉を見れば秋を感じる。季節の移ろいに立ち止まれば、何かが見えるかもしれない。
いくつかの俳句を季節ごとに鑑賞して、その読み方を解説いただいた。

「黴吹いて母の小さな旅鞄」飯田龍太
「黴(かび)」は夏の季語。母が国内旅行で使っていた小さな旅鞄に黴が生えている。この句からさまざまな情景を読み取ることができる。母は今どうしているのか。小さな旅鞄は、もしかして詠み手が成長して昔より「小さく」見えているのだろうか。

アニメ映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の予告編を視聴。舞台は太平洋戦争の最中。戦争があっても季節のうつろいと、それに連なる人々の暮らしがあることを丁寧に描写している。青木先生はこのアニメが俳句や和歌の感覚に近いと説明された。
ほか、映画「海街ダイアリー」「博士の愛した数式」など、劇中の出来事と季節とのリンクが効果的に使われている例を紹介された。

4.「喪失」の明るさ           
「更級日記」などを例にとり、日本人が持つ独特な「明るい喪失感」を論じていただいた。
「散る花もまた来む春は見もやせむ やがて別れし人ぞこひしき」
流行り病で乳母を失った作者の悲しみを詠んでいる。「散る花」とは桜のことで、喪失感はあれどどこか穏やかな、空虚感のようなものを感じる。「桜」は、失った人を悼みつつ、それを受け入れ、これからを楽しみに待つ心情が表現できる。

決して問題は解決していないが「受け入れる」という感覚は、茶道に通ずるものがある。茶道の世界を描いた映画「日日是好日」の予告編では「こうして毎年同じことができるってことが、幸せなんだなあって」「季節のように生きる」など、青木先生が本講演内で繰り返し伝えてこられたテーマに通ずるセリフやキーワードが見られた。

最後にアニメ映画「秒速5センチメートル」から場面を抜粋して視聴した。
桜と晴れた空がとても穏やかに、綺麗に描写されている。喪失を表しながらも、失ったものへの感謝や期待、惜しみ、人を思い出すよすがとして、桜が用いられている。先生はこれを「穏やかな鎮魂」と表現された。

S7 rechts

質疑応答では、日本の「受け入れる」文化について議論がされた。青木先生からは、日本人の心というのは日本人であっても奇妙に感じるところがあり、問題を直視せず「水に流す」というような考え方がある一方、その柔軟性が外の文化を受け入れる素地になっているという指摘がなされた。
また、スマートフォンで日常の何気ないものを記録しSNSにアップする、という行動は実は、俳句や和歌の作り方に近いのではないかという言及もあった。
青木先生からも参加者に対して「当地で春を感じるもの、ことは何ですか」と質問があり、参加者の皆様からは鳥の声や日の出の時間など、さまざまな例が挙げられた。

--------------------------------------------------------------------------

コロナ禍下の今だからこそ「身近でささやかなこと」に心を向けることや、桜に表現されるような「喪失の明るさ」に心を癒されることが、改めて必要になってくるのだろうと感じました。日本から遠く離れたドイツの地で、日本文化に宿る日本人の本質、心を再確認し、人生観を見直すきっかけを得られ、大変貴重な機会であったと思います。
お忙しい中、日本からご講演いただいた青木先生に、改めて御礼を申し上げます。
文化部では、今後も様々なテーマで、オンライン講演会を実施してまいります。会報や日本クラブInstagramで告知いたしますので、ぜひお気軽にご参加ください。