ゴールドシュミーデマイスター 上野 里砂
私はドイツ生まれでデュッセルドルフにアトリエを持つ金細工師です。今日は私が金細工師として独立するまでの体験をお話しさせて頂きます。
私は小さい頃から手作業が大好きで、将来は何か手工芸を専門にしたいと考えていました。しかしギムナジウム卒業後、これはという職業がなかなか見つかりませんでした。仕方なく、取り敢えず空港で事務職の職業訓練(Ausbildung)をし、その後1年半程そこで働きました。
けれどやはり毎日事務所で働くのは性に合わない気がして、再度将来の事を真剣に考え始め、デザインの学校に通う事にしました。しかしその為には何か手工芸の職業実習(Praktikum)が必要でした。偶然にもその頃、姉がデュッセルドルフ市内のお店で結婚指輪を注文しており、そこのご主人に相談してみるよう勧められました。さっそくその金細工店(Goldschmiede)のご主人に相談すると、快く引き受けてくださることになり、3週間後には職業実習を始めることになりました。
初日から私の胸は興奮してドキドキしました。とてもとても楽しかったからです。金属をのこぎりで切ってやすりをかけ、ハンマーで打って形を作ったり、ろう付けをするのが魅力的でした。集中する事と正確な作業は私の得意とするところです。けれどそれ以上に一番心を打たれたのは、やさしいご主人でした。彼女は私の手先の器用さを高く評価し、事あるごとに褒め、励ましてくれました。私はすぐに「これだっ!」と思い将来の道を決めました。私もご主人の様に、いつか自分の店を持ち、多くのお客様に魅力的なジュエリーを提供して喜んでもらいたいという気持ちが生まれ、その思いが日に日に強くなっていきました。お客様との最初のミーティング、構成、作品の制作、お客様への引き渡し、それら全ての仕事を自分一人でできる事が最高だと思いました。そして、自分が作ったジュエリーをお客様が嬉しそうに手に取って下さったらどんなに幸せかと思いました。最初からこんな職業があることに気が付いていたらすぐに始めていたでしょう。
*ろう付けの作業
幸運にも、職業実習が終了した頃ご主人が私にこの店での職業訓練を勧めてくれ、2003年に24歳で3年間の金細工職人の職業訓練が始まりました。本来は3年半かかるのですが、Abiturを取得しているので半年短縮することができました。この期間、平常はお店で働きながら実務を学び、週に1日は職業学校へ、そして1年間に4回学校でのプロジェクト週間があります。
様々な技術を身に着けていくにつれ、自分の店を持ちたいという夢は一層大きく膨らんでいきました。当時は、それ以前の“自分の店を持つのには職業訓練終了後マイスターの資格を取得しなくてはならない”という規約が丁度改正され、金細工師の分野ではその必要は無くなっていました。けれど私は技術を磨くため敢えてマイスターを取得することにしました。マイスターの学校に入るには、それ以前に2年間ゲゼレとして現場での就労経験が必要です。私は2年間デュッセルドルフ周辺の複数の場所で働きました。お店によって働き方が異なるので、色々な所で経験を積みたかったのです。2008年にようやくEssen市にあるマイスターの学校に入学。全日制で2年間ですから、その間は収入がありません。働きながら夜学に通う方法もありましたが、私は学校に集中したかったので 全日制にしました。Meisterbafög (KfWのクレジット)と両親の援助のおかげで2010年に卒業できました。
マイスター取得後、更に数年間複数の店でマイスターとして仕事場の責任者の立場で働きながら、見積もりの出し方、仕入れ、従業員の育成等々の経験を積み、ついに2016年12月にデュッセルドルフDerendorfで建物の中庭に建つアトリエを借りて独立することができました。商品の販売だけが目的であれば表通りの物件を選んだかもしれません。けれど私はこの金細工の魅力を多くの方々に知ってもらうために先ずは教室を開こうと思い、その為には静かな中庭の建物が最適だったのです。もちろんお客様からのご注文品の制作、自分のデザインで制作した金属のみ、あるいは様々な美しい石を施したジュエリーの販売もしています。教室では一般的なジュエリーや結婚指輪を作ります。学生さん、お年を召された方、主婦、結婚が決まったペア、ドイツ人、日本人、ロシア人、スペイン人等々色々な方々が集まってきてそれぞれ個性的な作品が出来上がります。皆さんが楽しく作業されている姿を見ると、私が最初に味わった胸がドキドキするほどの興奮を思い出してとてもハッピーです。
www.goldschmiede-ueno.de
*商品の一例