ヴィリッヒ市のヨーゼフ・ハイエス市長とのインタヴュー


デュッセルドルフから西へ約30km離れた所にヴィリッヒ市があります。この市には、多くの日本企業が拠点を構えております。同市のヨーゼフ・ハイエス市長は、1999年から21年間、市長を務めました。そして市長在任中、4回訪日し、多くの日本企業の本社や工場を盛んに訪問し、常に日独友好関係の促進に努められました。2011年には、日本国より「旭日小綬章」を受勲しています。また同じ年に、ベルリンの在ドイツ日本国大使館で、日独交流150周年で御訪独された皇太子殿下(今上天皇陛下)に謁見しております。そのハイエス市長が、今年11月で引退します。引退前に、これまでの日本との出会いに関し、インタヴューいたしました。

 
ハイエス市長、故郷であるヴィリッヒ市を紹介して下さい。:

私は72年前にヴィリッヒで生まれ、この土地で育ちました。ヴィリッヒは、私の故郷です。ヴィリッヒの魅力の一つは、豊かな自然です。ヴィリッヒから、ニーダーライン地方の美しい台地を見渡す事が出来ます。また歴史と伝統があります。この都市では、皆が知り合いであり、助け合いながら共に生活してます。

ヴィリッヒの成功は、同市の工業団地と深く結びついてます。工業団地を紹介して下さい。:

ヴィリッヒ市の工業団地には、多くの企業が拠点を構えています。企業拠点としてのヴィリッヒ市の魅力は、まず優れたインフラです。ヴィリッヒ市は、高速道路を通じてデュッセルドルフ空港や展示会場と直接結ばれております。さらに低い営業税率、不動産税率も、ヴィリッヒ市の魅力です。営業税率は、来年、さらに下げられます。税金を低くする事で、コロナ感染問題で苦しむ企業の負担を軽くしたく存じます。

これまで、4回訪日され、多くの日本企業を訪問されてきました。日本の印象 は如何ですか?:

日本は、自然の美しさと伝統、そして先端技術が調和した国です。特に、鉄道に象徴される様に、日本人の正確さは驚きです。人々は、非常に親切で、勤勉です。私達ドイツ人は、日本人のメンタリティーを高く評価しております。そして私は、日本料理が大好きです。

2011年に東日本大震災が起きた時、ヴィリッヒ市では、ハイエス市長が音頭を取り、チャリティーコンサート が開催されました。その時の事を、語って下さい。:

私は、日本と深い絆で結ばれております。あの大震災が起きた時「どうしたら、日本の皆様の助けになれるか」を考えました。そしてコンサートを開催しました。

日独関係150周年の時、当時の皇太子殿下(今上天皇陛下)が御訪独されました。そしてハイエス市長は、ベルリンの日本大使館で、皇太子殿下にお会いになられました。その時の事を、お聞かせ下さい。:

あの時、2011年6月23日、皇太子殿下をお迎えするメンバーの一人に選ばれた事は、私にとり最高の名誉でした。皇太子殿下は、その場に集う一人一人にお声をかけられました。皇太子殿下の人間的な温かみに魅了されました。あの日、皇太子殿下と会う事が許された事、本当に誇りに思います。

ハイエス市長は、2011年に旭日小綬章を受勲されました。その時の事をお聞かせ下さい。:

日本から旭日小綬章を頂けると聞いた時、まず驚きました。私は、日本の皆様と交流する中で、自分の義務を果たしてきたに過ぎません。この様な名誉にあずかり、本当に光栄です。

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*総領事公邸での 旭日小綬章の叙勲式

ハイエス市長は、香川県丸亀市との友好関係に御尽力されました。日独姉妹都市関係と姉妹校提携に関し、お聞かせ下さい。:

私の目的は、日本との友好関係の促進です。ですから神余元大使のご紹介で、丸亀の皆様と知り合う事が出来たのは、大きな幸運でした。聖ベルンハルト・ギムナジウム校と日本の藤井学園の姉妹校提携では、盛んに青少年交流が行われてます。今、姉妹校提携を通じて知り合った日独の青少年達は、Skype などを通じて、日々交流してます。こうした若い人達の交流が、益々発展していくと確信してます。また丸亀市と締結した「友好宣言」が、将来、正式な姉妹都市提携に発展する事を、心から願います。

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*丸亀市との友好宣言調印の後に訪日。丸亀城天守閣の前で。

ヴィリッヒでは、毎年、日独アスパラガス祭りが開催されます。この催しはどの様にして始まったのですか?:

最初は、当時の神余総領事やヴィリッヒ日本クラブの皆様と、当地の名産である白アスパラガスを楽しむ食事会でした。それが、アスパラガス、ジャガイモなど当地の農産物の栽培を皆様に紹介する催しになりました。今では、農業用のトラクターに乗り、当地の農地を駆け巡る楽しい行事となりました。当地の農業文化を通じて、日独交流をさらに発展させたいと言うのが、このアスパラガス祭りを始めた動機でした。

市長としての21年間を振り返って、今、思う事は何ですか?:

大切な事は、常に市民の意見に耳を傾け、人々の提案に敬意を示す事です。また勇気が大事でした。市長として、時には困難な決断を下さねばならない時があります。その時、市民と社会にとり何が大事か熟考して決断しなければなりません。市長には、その決断の勇気と、責任を負う覚悟が必要です。
さらにコミュニケーションとネットワークを重視して来ました。日本の皆様と日本企業とは、コミュニケーションとネットワーク造りで非常に成功したと思います。

最後に、当地の日本人社会の皆様へのメッセージをお願いします。:

日本の皆様は、故郷を離れ、遠いドイツに来ました。家族を残して渡独するなど、犠牲を払い当地に来ている方々もおります。どうか、日本の皆様は、当地のドイツ社会から歓迎され、受け入れられていると言う事実を忘れないで下さい。そしてドイツで、幸せに、また豊かに暮らして下さい。
日本企業は、当地の発展に貢献してます。ですから私は、日本人の皆様と当地の日本人社会に心から感謝しており、常に日本との関係促進に貢献したいと思います。また日独の友好に務める事は、私の義務だと考えてます。 

ハイエス市長、有難うございました。

インタヴュー聞き手 / 広報部長  稲留 康夫