コロナと私たち
在デュッセルドルフ日本国総領事
岩間 公典
この巻頭言では、ドイツとの関わりや、今後の抱負のような、前向きな内容が望ましいのだろうな、と思う。しかしながら、この文章を執筆している3月中旬の時点で、総領事としての目前の課題であり、また日独にとり共通の課題である新型コロナウイルスにつき語ることは避けられない。勿論、現時点ではこの課題にどう取り組むべきか、世界の関係者が模索しており、いつ頃問題が収束に向かうのかも、全く見通せない。それでも敢えて、このタイミングで文を残すことも、後に何かの意味があることを祈りつつ、記してみたい。
私が当地デュッセルドルフ空港に赴任のため降りたのは2月25日。まさに管轄のノルトラインヴェストファーレン州で、感染者第一号が確認された日である。閑散とした成田空港で、マスクをするのが所与として移動し、マスク着用のまま当地に降りた第一印象は、「皆マスクをしていない」というものであった。その後、ここドイツでも、街にマスクをする人もちらほら見えるようになり、3月12日にはメルケル独首相自らが、「規模に拘わらず、全ての不要不急の行事を控えるように」との要請を行い、3月22日には、ドイツ国民向けに人との接触を最小限に抑える指針を発表するまでに至った。いつがドイツでの「潮目」であったであろうかと統計を眺めて見て、興味深いことが分かった。
即ち、着任後10日ほどたった3月6日に、日本とドイツの感染者数が、それまで日本の感染者数の方が多い状況から(3月5日で日本359件、ドイツ262件、以下、WHO公表値に基づく日経新聞「新型コロナウイルス感染世界マップ」より引用)逆転している(6日時点で日本413名、ドイツ534名)。この辺りから、ドイツ国内においても徐々にこの問題が自分の問題であるとの認識が強まったような気がしている。
日独の比較はともかく、我と我が身を振り返って、これを「自分の問題」として捉えるまでには時間がかかったことを思い出す。総領事として赴任準備中の1月中旬から2月中旬まで、この問題は中国で起きている事案として、どこか距離を置いていたし、しばらくして、クルーズ船や一部感染ルート上で日本での感染が拡大した際にも、直接近寄らなければ大丈夫、と高をくくった思いがあったことも否定できない。多くのドイツ人も、今指摘した3月上旬の「潮目」までは、私自身が問題を避けて通っていたように、どこか一部の地域の問題、また封じ込められる問題、と考えていたのではと推察される。今回の事態は、次に同じような伝染病が発症したときへの様々な教訓をもたらしてくれるが、中でも、人の移動が自由なこの世界において、局所的な問題と思われる問題も、容易に身の回りの問題になるし、その対処には、いつ、問題を「我と我が身」と捉えられるかが重要なのだろうと思う。
総領事館の責務は、管轄地域の日本人の方々の安全に我々として何が出来るか考え、できる限りの支援をしていくことである。では、今回のような事態で、在留邦人1万5千人に今何が出来るのか、また今後、どういう事態を想定して対応を考えねばならないか。コロナウイルスとともに着任した私としては、日々この問いに自問自答している。私どもとして出した一つの答えは、これまで以上に、この問題を巡る状況、それぞれの自治体の対応、日本政府としてどこまで支援できるのかなど、正確で迅速な情報を発信していくことが重要である、ということである。果たしてその成果が出たのか、この原稿が印刷される頃に、全てが過去の記録となっていることを祈り、この稿を締めくくりたい。