アルブレヒト・デューラー 

青山 愛香(獨協大学)

フランスやイタリアに比べるとスター性に欠けるドイツの美術ですが、その中で唯一の存在と言えるのが、ドイツ・ルネサンスの創始者と称される画家・版画家のアルブレヒト・デューラー(1471-1528年)です。当時の帝国自由都市ニュルンベルク生まれのデューラーはイタリア・ルネサンスの黄金期を築いたレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、そしてラファエロの同時代人であり、美術史上彼らに匹敵する足跡を残しました。そのデューラーの風貌は、彼自身が描いた「自画像」から知ることができます。
デューラーが残した数多くの自画像の中で、27歳で描いた油彩画『1498年の自画像』(マドリッド、プラド美術館)(図1)は最も有名な一枚に数えられます。四分の三正面観で描かれた端正な顔は長い巻き毛に縁取られ、手袋をはめて当時最先端の流行に身を包んだ、若くて自信に満ち溢れた成功者としての自画像です。15世紀にはそもそも「自画像」という絵画ジャンルはまだ存在しませんでした。中世末期のドイツでは絵描きという職業の地位は低く、家具を作る指物師や大工さんたちと同じ「職人」という身分であり、当時の画家のほとんどは無名の存在だったのです。デューラーの父親もハンガリーから移民した金細工師でしたが、勤勉で才能豊かだった息子は成功し、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン一世をパトロンに持つまでになります。また当代随一の人文主義者たちと対等に付き合える教養を身に付けたデューラーは、イタリアのレオナルドたちと同様に職人から「芸術家」へとステップアップを図りました。自分の外観を画題に格上げしたということ自体が、芸術家としての新しい自信と自尊心の現れと言えるでしょう。そのデューラーの名声を国際的に不動のものにしたのが、先ほどの自画像と同年に制作された木版画連作『黙示録』でした。新約聖書の最後の一書に記された罪深いこの世の終わりを15枚の木版画で表現した大作は、神の処罰を受ける「人類の恐怖の図像」として今日まで西洋キリスト教世界の人々の心に深く刻まれています。ところで強い自意識を持ち、ドイツ特有の激しく、表現主義的な力強い線描で描かれた版画を制作したデューラーですが、一方で彼は全く異なる表情を持つ作品も多数制作しました。それらは極めて繊細で微細に描写された動植物の水彩素描です。

1503年の水彩素描『アイリス』(ブレーメン、クンストハレ)はデューラーの卓越した自然観察眼に基づき描かれたものです。二枚の紙を張り合わせ、縦の長さが77, 5cmもある素描はまさに花の原寸大であり、あたかも植物図鑑のように正確に描かれたナチュラル・スタディです。しかし、中世の画家たちにはこうした植物素描を描く目的がありました。この花を当時の習わしに従ってデューラーは聖母マリアの象徴(シンボル)として、1503年に描かれた水彩素描『たくさんの動物のいる聖母子』(ウィーン、アルベルティーナ美術館)(図2)のマリアの脇に添えました。それは聖母降臨のバラ(ボタン)と同様に、聖母マリアの純潔のシンボルです。15世紀を代表するドイツの思想家ニコラウス・クザーヌス(1401-1464年)が「無限なるもの、すなわち神はあらゆる小さな事物にも含まれるが故に、それは我々の注意に値する。あらゆる小さな部分は宇宙を反映し、宇宙の鏡になる」と言ったように、デューラーの『たくさんの動物のいる聖母子』もロマンティックで汎神論的な空気で満たされています。この素描では全ての生き物と植物に等しく生命が吹き込まれており、デューラーの自然に寄り添う真摯な眼差しを感じることができるでしょう。

S.7 links

S.7 rechts