銅版画の鑑賞

猪飼 節子(画家、版画家)

子供の頃からなじみのある木版は出張っている表面に付けたインクを刷り取るので凸版(Hochdruck)ですが、銅版画は反対に窪みにはいったインクを刷り取るので凹版(Tiefdruck)です。この凹みを作るのに使われる主な技法には以下の7種類があります。おそらく15世紀中頃にフィレンツェの金細工師によって始められました。

銅の板の表面に鋼鉄製の刻刀(ビュラン)を使って直に彫り込み、その凹みにインクをいれ、プレス機で圧力をかけて紙に刷り取ります。これが「エングレービング」(Kupferstich)で、鋭い線が得られます。アルブレヒト・デューラー(15/16世紀)が名高く、「メレンコリア I」その他多くの傑作を残しました。「ドライポイント」(Kaltnadel)は、鋼鉄針(ニードル)で直に銅の板に描刻していく方法で、紙に刷り取られた線の脇に滲みが見えるのが特徴です。池田満寿夫の初期の作品に多く見られます。その後腐蝕液を仲介として制作される「エッチング」(Radierung)の技法が広まって、多くの銅版画作家が輩出しました。なかでもレンブラント(17世紀)がその最高峰でしょう。この技法では滑らかな線が得られます。ここまでの技法は全て線だけで表現しました。次ぎに濃淡の面を出すのは「アクアチント」(Aquatinta)と呼ばれる技法で、ゴヤ(18/19世紀)が完成させ、「ロス・カプリチョス」その他多くのシリーズに縦横に駆使しています。ここでは松脂の粉末を仲介として版を腐蝕し濃淡を出します。「メゾチント」(Schabkunst)というのは、まず版に無数の線または点を彫り込んで真っ黒に刷れる版を作り、その表面をていねいに削って、黒から灰色、白までのぼかしのようなトーンを出していきます。浜口陽三の好む技法で、黒地にふんわり浮かび上がる「さくらんぼ」は印象的です。「リフト・グランド・エッチング」(Aussprengverfahren)、これは砂糖の飽和液を使って版の上に描き、アクアチントの方法を媒介にして腐蝕します。「シュガー・アクアチント」とも言われます。筆書きの様な表情が出せるのが特徴です。ピカソの闘牛シリーズでは、闘牛場内の牛や人間の躍動感が黒い軽快な筆のタッチで表されています。最後に「ソフト・グランド・エッチング」(Vernis mou)は、鉛筆で描いた様な線が出せます。山本容子が好んで使います。

銅版画かどうか見分けるには、原版が1mm前後の厚みがあるので、プレス機で刷った作品にはその大きさだけ紙に窪みが出来ているので解ります。ふつう版画と言えばオリジナル版画(Original Print)のことを言います。この基準は、版画を制作する目的で作家が下絵を描き、自刻し、手刷り、またはプレス機を使って自分で刷った作品、または作家の監督下で刷り師が刷ったもので、完成した作品には鉛筆で、左下に限定番号(Edition Number)を、右下に自筆署名したものです。これは1930年以前の作品にはあてはまりません。初期の頃には、イニシャルの組み合わせなどを版に彫り込みました。デューラーの作品を見て下さい。

鎖国中の日本にオランダ商人を通して、多数のオランダ銅版画が持ち込まれ、そこに見られる「遠近法」と「陰影法」が日本の作家達に影響を与えました。北斎の「富獄三十六景」、広重の「東海道五十三次」等(19世紀)、すでに遠近法と陰影法は自然に、効果的に扱われています。日本での銅版画は、司馬江漢が百科事典で作製法を学び、1783年に初めて制作に成功しました。

版画の種類には版の形式によって、これまでの凹版(銅版画)、凸板(木版画)の他に平板(石版画、リトグラフ)、孔版(シルクスクリーン)と大別されます。

デュッセルドルフのMuseum Kunstpalast内にあるグラフィック部門の展示場では、ほぼ常時版画展やデッサン(Zeichnungen)展が見られます。銅版画をはじめ、出来るだけ多くの作品にふれて楽しんでください。

S.7 links

「記憶のかたち III」
シュガー・アクアチント 猪飼節子

S.7 rechts

「うまぐり」銅版画集より
エッチング  猪飼節子