もっと知りたい、伝えたい。  - ドイツの文化、日本の文化

日本とドイツ 「遠く離れた仲間 2.0」        
デュースブルク・エッセン大学東アジア経済研究所教授 ヴェルナー・パシャ

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ドイツと日本の間には、その経済の発展においても、周知の通り、多くの共通性がみられます。2011年、両国の関係が始まってから150周年の祝典の時、人々は、「遠く離れた仲間」の事を、喜んで話題にしました。

しかし、特に近年の経済発展においては、違いもあります。それでも、「遠く離れた仲間 2.0」というアジェンダに関する、中心的で、共通する課題が残ります。

最初に、簡単に3つの共通性に関し述べ、それから3つの違いにつき、説明したく存じます。 両国に共通するのは、19世紀末の、政治と経済における遅れたスタートです。その時、両国とも、強国を目指しました。両国は、20世紀に、誤った道を進みました。その誤った道は、第二次世界大戦で終わりました。 そして両国は、戦後、開かれた世界市場のお蔭で、ほとんど他に例を見ない経済的な復興を遂げました。それはドイツでは、よく「経済の奇跡」と言われています。ボンに行けば、連邦共和国の歴史博物館において、この復興の状況を、肌で感じる事が出来ます。そこでは、出展物の中でも、特に連邦宰相アーデナウアーのメルセデス500に驚かされます。

第二に、この勃興は、両国の加工産業の力と、大いに関係していると言う点です。比較的に天然資源に恵まれていないと言う観点から見ても、それは私達の伝統的な強みです。その際、手工業の手際よさが、ドイツでも日本でも、そのベースとなっております。日本はよく、その「もの造り」の伝統にこだわります。そしてドイツでは、いたる所で、頑丈につくられた製品に関する誇りを感じる事が出来ます。それは、デュッセルドルフの工場製品の店舗や、クレーフェルト近郊のリン城での、中世を思わせる職人マーケットに行けば解ります。このリン城での職人マーケットは、毎年、春に開催されます。今日、ドイツも日本も、この伝統を、現代の経済的需要と結びつけようと努力しております。 

ドイツが主導する「インダストリー 4.0」と、日本の「ソサエティ 5.0」が非常に類似している様に思えるのは、決して偶然ではありません。

第三に共通するものは、社会の急速な高齢化です。この現象は、日本において、より早く、またより顕著に現れて来ました。また両国も、似たように少子化しております。

ここで、この問題の克服における重大な違いがあります。日本はこれまで、外国からの亡命者が移住するのを、かたくなに拒んで来ました。これに対しドイツは、すでに1970年代から、外国からの人々を大いに受け入れてきました。この違いは、部分的には、異なる地理的条件によるものです。ドイツは、欧州の中央に位置しています。この大陸のどの国も、ドイツほど隣国を持ちません。それに対し、日本は島国です。その事が、メンタリティーに深く影響しております。それ故に、亡命者の問題においても、その違いは明白です。ドイツでは、2017年に、ほぼ124.000件の亡命申請が認められました。日本では、30件以下です。国際的な比較でみれば、私達の両国は、ほぼ両極端に位置しております。

しかし実際の所、状況はその間に、少し似通ってきました。日本は、形式上、まだ厳しい移民政策を行うものの、政府は、2025年までに、500.000人の外国からの労働力を受け入れるつもりです。これに対しドイツでは、寛容で、場合によっては理性的に応じて調整する事無く、外国人を受け入れ(これは、特に2015 / 2016 年の移民危機で顕著になりましたが)、それがドイツ経済の適応能力を超えて行われていると言う非難の声が強まっております。現在、ドイツでは約200万の住居が不足していると見積もられていますが、それはこの増大した需要に起因するものです。

デュッセルドルフの多国籍文化の一面を知ろうとする者は、一度、土曜日に、オーバービルクのマーケットから、ケルン通りを、市外に向けて散歩するのが良いでしょう。ここでの活気に、衝撃を受けるかもしれません。また、多くのファーストフード店が、美味ながらもエキゾチックな料理や興味深い名物を提供しています。例えば、肉の多いシリア料理を、落ち着いた環境で、しかも心行くまで楽しみたいと望む者は、デュッセルドルフのヘルツォーク通りのレストラン・フリッシュへ行けば、それを味わう事が出来ます。

第二の違いです。経済と社会政策における議論となれば、ドイツと日本は、対極する様な関係になります。つまりマクロ経済政策において、正反対となります。日本は、長年におよび、極端に拡大する通貨と金融政策を追求しています。国の負債は、年間国内総生産の約240%まで上昇しました。これに対しドイツは、欧州の通貨政策がドイツの手中にあるわけでは無いのに、非常に堅実な金融政策を追求しています。こうした堅実な金融政策は、1980年代の前半までは、日本でも見られた事でした。ドイツの債務は、間もなく、60%だけとなります。それ故に、両国は、G7やG20の様な国際舞台でも、しばし異なる境遇に置かれております。

そして第三の違いです。それはよく目につくもので、また言及されております。それは、異なる地域的な配分です。ドイツは連邦制であり、ミュンヘン、ハンブルク、あるいはデュッセルドルフ等、多くの核を有します。各地方においても、しばし、まったく固有の文化があり、南西部のシュヴァーベン機械製作地域に見られる様な構造と強みもあります。それ故に、多くの地域での生活水準は、非常に高くなっています。経済的に見るならば、ベルリンは、必ずしも、特に重要と言うわけではありません。

これに対して日本では、常に、そして明らかに、東京への一極集中が見られます。
この違いは、歴史的に発展してきたもので、そう簡単に、変わる事はないでしょう。
この点では、ドイツは幸運であったかもしれません。また日本も、経済特別地域プログラムの様な物を用いて、地方の主導権を強化しようと試みております。

ユネスコ世界文化遺産であるエッセンのツォルフェアアイン炭鉱跡  (Zeche Zollverein)ルール博物館を訪ねますと、まさに歴史に深く根差したルール地方の特殊性と、地域的な強みに関する良い印象を得る事ができます。ここでは、魅力的な建築様式が見られます。そして、デュッセルドルフから丁度30kmから40km離れた当地の経済文化に関する刺激的な展示会が、常に繰り返し、開催されております。

幾つかの政治的な分野において違いがあるものの、ドイツと日本は、何十年にもおよび、成功に満たされて、共に発展してきました。両国とも、戦後、信頼性の高いルールを伴う開放的な世界経済から恩恵を受けました。この秩序が、今、脅かされている様に思えます。この秩序を守らねばなりません。それは、両国にとり、また他の国々にとっても大事な事です。そして私達は、世界経済にとって良い事を、総合的に運営していく事が出来ます。 

これに関し、連邦外務大臣マースは、夏に東京で、次のように表明しました。
「ドイツと日本は、多国間同盟の中核になり得る」

ドイツの観点から見れば、それは二ヵ国間協議における、遠くの仲間である日本とドイツの、現在、最も重要な課題です。

翻訳 : 稲留康夫/広報部長