もっと知りたい、伝えたい。  - ドイツの文化、日本の文化

日本の育て方とドイツの育て方          
松 丸 壽 雄

私はドイツ「惠光」日本文化センター(通称「惠光センター」)の所長を務めています。惠光センターについてその成り立ちをご存知の方は意外と少ないので、簡単にその設立経緯について述べます。
惠光センターの活動を支えているのは、日本の仏教伝道協会です。その方針は「通」仏教、つまり宗派に捉われずに仏教伝道を行うことです。仏教伝道協会は、精密測定器械会社ミツトヨを1934年に創業した沼田惠範師によって設立されたものです。そもそもミツトヨを立ち上げたのも仏教伝道のためでした。1965年に仏教伝道協会が設立され、アメリカ本土・ハワイ・カナダ・イギリス・メキシコ・南米(ブラジル)・アジア(シンガポール)・台湾に伝道協会を設立し、日本とメキシコには惠光寺も建立されました。この方向に沿って、ヨーロッパでの拠点としてここデュッセルドルフに1990年に完成されたのがドイツ惠光寺であり惠光センターです

惠光センターの主な仕事は4つに分類できます。
第一に、惠光センターの中心に惠光寺が位置しています。ご本尊の阿弥陀如来は浄土真宗(本願寺派)に則って本堂に安置されていますが、階下の惠光ホールには、日本における仏教の各宗派が使えるように工夫された仏壇もあります。これが通仏教の性格を顕著に表しています。
第二に、日本文化の伝達です。通仏教の性格はここでも顕著に現れています。たとえば、臨済宗の坐禅のコースもあるのです。日本語・生け花や日本舞踊のコースや各種の展示会なども開催されています。これは、当地のドイツ人と日本人とが幅広く交流するためにと設けられました。付置の日本家屋では裏千家流のお茶会をして、日本文化伝達のみならず、ドイツ人が日本人にドイツ文化を伝える場ともなるような場になることを望んでいます。
第三に、仏教伝道協会のヨーロッパ支部として、欧州全体に仏教を知って貰うための活動をしています。例えば、仏教聖典が多くの言語に翻訳され、ホテルなどに配布されています。また学術を通して仏教精神を広めることも重要な活動の一つです。仏教伝道協会が世界各地の有名大学に仏教講座を寄付講座の形で設けています。その活動の欧州における拠点が惠光センターです。学術方面の活動は国際シンポジウムやコロキウム、書籍の編纂・出版をも行っています。第四に、惠光センターは幼稚園教育を通じて、人間存在の根本的なところを知って貰おうと努めています。この幼稚園での経験に基づき、日本とドイツの育て方の違いみたいなものを考えて見たいと思います。

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惠光幼稚園は、3歳から6歳までの子どもたちが通っています。子どもたちの内の30名はドイツ人家庭、残りの30名は、日本人家庭からの子供です。先生方もドイツ人と日本人がほぼ半々です。ですから、幼稚園ではドイツ語と日本語が飛び交っています。私はドイツ家庭に育つ子供と日本人家庭に育つ子どもたちでは、少し違いがあるように感じています。特に入園直後の日本人家庭の子供とドイツ人家庭の子供では、次のような違いに気づかされます。
日本人家庭の子供は、自分の意思を周りのものが理解して当然だと感じているようです。ですから、周りの大人が話をしていることにはお構いなく自分語りを始めます。この自分語りを幼稚園の教諭や私にもしてきますが、自分語りですから、聴手にはよく分からないことが多いです。しかも、周りの人の都合や関心に無関係に語り始めます。なぜそうなるでしょうか。

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それは、家庭内での子供の役割・位置に関係しているのかもしれません。小さな子供のいる日本人家庭では、子供中心に家庭が一つとなって動いています。この子供中心の家庭共同体では、子供中心に多くの事柄が決められ、子供の要望が受け入れられることも多くなります。そうすると、十分な意思表示をしないでも子供の要望が家庭成員によって推し量られ、満されることも起こります。これに慣れてしまった子供は、家庭外での交わりでも、家庭内での意思表示の仕方を続けます。そして、十分とは言えない意思表示が周りに理解されないと不満の表れとして泣いたり、駄々をこねたりといったことが生じてくることもあるでしょう。家庭外の大人にとっては、ほとんど分からない仕方で自分語りをすることもしばしばです。


こう言ったからと言って、私は日本の子供の育て方を批判しているわけではありません。良い面と悪い面とが同時にあることを示したいだけです。たとえば、良い面は、たとい子供中心ではあっても、日本の多くの家庭は共同と他者を主に考えます。ですから、家庭共同体の成員の助けなしには、その子供の意思は実現できないことを知るようになっていきます。他者中心だから、一般的には自分勝手は歳を重ねるごとに少なくなっていくことでしょう。悪い面は、他者依存的になり自立的になるのが遅くなることもあり得る点です。
これに対して、ドイツ人家庭からの子どもたちは、大人の事柄と子供の事柄とをはっきり区別することを訓練されるようです。こんなことがありました。それは、幼稚園で教諭の一人と私が話していた時に、ドイツ人の子供の一人がその教諭に話しかけました。すると教諭は「今は大人同士が話しているので、話しかけるのは、大人の話が終わるまで待ちなさい。」とはっきり言いました。子供はそれに従いました。子供はこのような躾を通じて自分の意思が必ずしも満されないことを身につけていくのです。


こうしたドイツの子育てから、育ってくる人は他人と自分との区別を自覚し、自立的になることを学び取っていきます。その結果、独立志向になるのでしょう。これは良い面と言えるかもしれません。ですが、悪い面もあります。それは、自立的であることが求められるが故に、自分がすべての事柄に責任を持つことが求められる場面も多く、自己を中心に置かざるを得ません。だんだんに自己中心的になって行くこともあるのではないかと思います。それが勝手な人が多くなるという傾向を生み出しているのかもしれません。
当幼稚園生活では、入園後しばらくすると、両方の育て方と両方の言語をうまく取り入れた子どもたちが育って行っているように思っています。出会いの機会を大事にしたいものです。