日本クラブ創立50周年を迎えて

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デュッセルドルフ日本クラブ会長
岡野 克也

日本クラブが創立50周年を迎える年初にあたり、ご挨拶申し上げます。
昨今のグローバル化の進展や、ドックイヤーと称される技術革新の早さから考えると、50年前というのはもはや遠い昔のことように思われます。
来し方を振り返ってみると、第二次世界大戦で大きく瓦解した両国が、その敗戦の混乱から立ち上がるのにそんなに時間を要しませんでした。過去のことを記した書物を紐解くと、日本企業のドイツへの再進出は、1950年にはドイツへの旅行者として第一号が入ったと記されております。戦前の政治・経済・文化の中心地であり、日本人の大半が居を構えていたベルリンは、その当時は完全な占領下で、壁ができる以前のことではありますが、ドイツ人ですら東ベルリンから西ドイツへの移動もままならなかったようです。日本人の海外渡航の制限は1952年の対日講和条約発効が近づくにつれて次第に緩和されていき、貿易業者を尖兵に出張者を多数派遣され始めました。日欧間の機械の仕事が急速に拡大する中、ドイツ工業の中心はエッセンであるという認識のもと、ライン河畔に多くの関係取引先があることから、州都のデュッセルドルフに日本企業が進出したのは必然のように感じられます。また、西ドイツの首都が、同州のボンとなり日本大使館が近いという理由とその支援もあり、一方で、日本や日本人をこよなく愛すドイツの方々の並々ならぬご支援があったことも間違いないでしょう。
しかし、50年前、東京オリンピックを迎えた1964年当時の日本のことが、昨日のことのよう思い出されますが、その頃から、この地に多くの日本企業や日本人が再進出し始め、仕事をし、居住していたというのは、何度聞かされても大変な驚きです。日本人の先輩の皆さんはすごいんだと。
そして、これから、この日本人社会に、なかんずく日本クラブにどんな未来が待ち受けているのでしょうか。
会長就任のご挨拶のときに申し上げましたが、基本は変わらないと思っています。それは、日本クラブの会則、以下の会の目的にあります。
① 日独市民の文化及び習慣の相互理解と友好の促進
② 個人及び法人会員の生活・活動の本拠である地域社会への貢献
③ 会員間相互の親睦と互助
しかしながら、変化していることも多々あります。両国の人々の価値観やライフスタイルの多様化、そしてグローバル化による多国間の関係の拡大等です。日本クラブの有り様もそれに応じて変化することは自明のように思われます。
年齢やジェンダーに係わりなく多層多重の交流を重ねて行き、そして、相互理解と相互リスペクトを深めていくことが重要だとの認識です。その中で、日本クラブとしてやるべきこと、続けること、新しく取り入れることが見えてくると思っています。会員の皆様のご意見を頂きながら、日本クラブの将来を一歩一歩築いていき、でき得れば、皆様にとってデュッセルドルフが第二の故郷といえる基礎が築ければと思っております。